天皇賞 メジロマックイーン

悪魔の化身~ライスシャワー(2)

距離適性の面で不安視された菊花賞でも、ミホノブルボンの勝利を疑う者は数少なかった。
それもそのはず、当面の敵であるライスシャワーは実質まだ2勝馬、そしてミホノブルボンには4連敗とまったく歯が立たず、それがこの大舞台で逆転するとはいささか考えづらいことも事実ではあった。
そして、あのシンボリルドルフ以来となる三冠馬誕生の瞬間を、しかもそのすべてを逃げ切りで達成するという空前絶後の快挙を目に焼き付けたいと願うファンの後押しもあり、ミホノブルボンの圧倒的優位は一寸たりとも揺るがなかった。

私は当時、トウカイテイオーとの「最強対決」を圧倒的な強さで制したメジロマックイーンに畏敬の念すら覚えていたが、ミホノブルボンが三冠を達成し、翌年の天皇賞・春で、マックイーン、ブルボン、そしてトウカイテイオーの「3強対決」を夢見ていた。
そしてもちろんメジロマックイーンが再びこれを圧倒的な強さで制し、「真の最強王者」に君臨するのを夢見ていた。
だからこそ、ライスシャワーに限らず、誰が相手でもミホノブルボンにここで負けてもらっては困るのであった。

そして純粋に、ミホノブルボンの圧倒的な逃げ切りを見るのもまた1つの楽しみになりつつあった。
要するに、ブルボンのファンになっていたのである。

レースは、戦前の逃げ宣言通り、キョウエイボーガンが猛然とハナに立ち、スタートからほどなくして早くも場内が大歓声に包まれた。
あれほどのスピード自慢のミホノブルボンを制し、まさに玉砕覚悟の逃げを打ったキョウエイボーガンであったが、思えばこれこそライスシャワーの圧倒的な勝利を呼ぶ伏線であるに違いなかった。
「キョウエイボーガンやはり行った!ブルボンも行った!3番手はメイショウセントロ!前3頭はポツンポツンポツン!」
これが当時の菊花賞レコードとなる淀みのない流れを生むことになる。
こうなると、小さいながらもライスシャワーの頑強なスタミナが生きる展開となるのは当然であった。

そして勝負どころ、杉本キャスターの声に不安がよぎる。
「おーっと、ミホノブルボンは舌を出している!馬体を併せに行ったブルボン、舌を出している!」
キョウエイボーガンをようやくかわして一気に先頭に躍り出たミホノブルボンであったが、いつものような圧倒的リードを4コーナーで広げることができず、変わってまずは内からマチカネタンホイザ、そして外から猛然と追い込む黒い馬体のライスシャワーが逃げるミホノブルボンに襲いかかるのであった。

ミホノブルボンは内から一旦は差されたマチカネタンホイザを懸命に差し返して2冠馬の意地を見せたが、外から追い込んだライスシャワーにはあっと言う間にその差を広げられ、完敗の菊花賞となった。

「スタンドの歓声が悲鳴に変わりました・・・ミホノブルボン三冠ならず!ライスシャワー1着!」

こうしてライスシャワーは、ブルボンの夢を、そして我々ミホノブルボンファンの夢を一気に打ち砕いた。
こうなれば、トウカイテイオーを破っているマックイーンの標的は、菊花賞馬のライスシャワーただ1頭であると、このとき闘志を燃やす私であった。
しかし、同時にライスシャワーの標的もメジロマックイーンただ1頭に絞られ、その照準はピタリとメジロマックイーンの心臓に向けられていることを、このとき私はまだ知らなかった・・・


そして迎えた天皇賞・春。
空前絶後の「春の楯」三連覇を目指すメジロマックイーンは、骨折明け、しかも距離不足と思われた産経大阪杯をレコードで大勝し、もちろん圧倒的1番人気、そして2番人気は、菊花賞後やや精彩を欠いていたが、前走の日経賞で久々の勝利を挙げたライスシャワーであった。
スタートではなんとマックイーンがゲートインを嫌う一面もあり、見ているファンもだいぶヤキモキさせられたが、無事スタートを切り、よし!と気合が入ったのを今なお鮮明に思い出す。

マックイーンは例によって好位にさっととりつき、ライスシャワーはそれをピタリとマークする。
不気味な影のようにマックイーンに付いてまわっていた。
そしていよいよ2周目3コーナー。
前年ここから驚愕のロングスパートをかけたメジロマックイーンと武豊は、それに応戦する無敗のトウカイテイオーを無残に打ち砕いての圧勝であった。
そして、馬体こそ白くなったマックイーンであったが、この年の天皇賞でも、前年以上の早目スパートを見せ、さらに驚愕のロングスパートの手に打って出た。

後続ライスシャワーももちろんこれに続いた。
このとき私は、マックイーンの勝利を確信した。
前年のトウカイテイオーのほうがずっと恐怖心が強く、ライスシャワーがこのペース、このロングスパートに応戦するなど、墓穴を掘るだけのことだとこのとき私は考えていた。

「豊、行け!ちぎれ!」
私は、昨年よりもさらに行き脚が良く映ったマックイーンの記録的な圧勝を予感し、思わずそんな言葉が口をついて出た。
執拗に追跡するライスシャワーをいつ振り切るのか、焦点はそこだけであったが、4コーナーをカーブした地点でも一向に差が広がらず、私はこのときライスシャワーの執着ともとれる追跡に初めて不吉なものを感じた。
そして残り150mでそれは起こった――

漆黒の馬体がいよいよ牙を剥き、全身をバネにして白いマックイーンに襲いかかった。
勝負は一瞬で決していた。
ライスシャワーがメジロマックイーンを串刺しにしていた。
勝ち時計の3分17秒1は天皇賞レコードを大幅に塗り替える大レコードとなった。
まさに圧勝のひと言であった。
その様は、まるで悪魔のようであった。
ブルボンを葬り、そしてマックイーンをも血祭りにあげたこのときのライスシャワーが、
悪魔の化身のように私には思えた。
(つづく)