コラム

強かった菊花賞馬(1)メジロマックイーン(第51回菊花賞)①

オルフェーヴルが史上7頭目の三冠馬を目指す今年の菊花賞。
まさに特別な菊花賞である。
三冠レースの最終戦であり、過去6回、日本中が、他のどのレースでも決して抱くことのない感動をもたらし、そして何度となく悲しみにくれた2冠馬の姿も映し出されたのもこの菊花賞であった。
そして、古くから言われる通り、菊花賞馬は本当に「強い馬」たちであった。

しかし時代は流れ、いまや「強い馬が勝つ」という言葉もほとんど枕でしか使われない時代になってしまった。
そこで今週は、勝ち馬が本当に「強い馬」であったころの懐かしい名馬を特集し、菊花賞の歴史のほんの一部を振り返ろうと考えている。
今週は「菊花賞特集」である。

まずは、私にとってかけがえのない名馬であり、そしてもちろん菊花賞馬であったメジロマックイーンを、今回また取り上げてみたいと思う。
もう飽き飽きしたと思う読者の方もいらっしゃるとは思うが、何と言っても今週の菊花賞で三冠を目指すオルフェーヴルも、このメジロマックイーンがいなければその存在すらあり得なかったわけだから、どうぞご辛抱いただき、お付き合い願いたい。

メジロマックイーンの登場のおかげで、私は競馬にのめり込むことになり、そしてこの菊花賞というレースが大好きになったわけだが、考えてみれば、天皇賞・春を2回も優勝している希代のステイヤー・メジロマックイーンの原点こそ、今週行われる菊花賞であった。
菊花賞を勝ったころは無名の準オープン馬であり、「これがマックイーンだよ」と言ったところで誰も信じてくれないほど真黒な馬体の芦毛であった。

雨の菊花賞、ダートコースはもはや田んぼと化し、不良に近いような重馬場で行われた第51回は、まさにメジロマックイーンの独壇場であった。
早目スパートで直線入り口で先頭に立ち、400m超の泥んこ馬場を先頭で駆け抜け、「メジロはメジロでもマックイーンのほうだ!」という杉本キャスターの名言も記憶に新しい、私にとっては非常に衝撃的なレースであった。
もちろん、このレースがメジロマックイーンにとっての原点であると同時に、私の競馬の原点となったレースでもある。

ひどい道悪ながらも勝ち時計は3分6秒2という、破格ともとれる勝ち時計が記録された。
当時そんなことを知らない私は、メジロマックイーンというひょろっとした馬を見ながら、菊花賞馬の歴史も勝ち馬の人気も知らずに、ただただメジロマックイーンという馬に魅入られてしまったわけだが、今にして思えば、あのひどい馬場でここ数年よりも1秒~2秒も速い時計を残した時点で、これはもうとんでもない名馬の誕生の瞬間であったというべきだろう。

しかし、マックイーンが菊花賞馬になるまでには、マックイーン自身はもちろんそうだが、マックイーンに携わる人間のほうにも、実にさまざまな人間模様が描かれていたことも忘れてはならない。
これまでメジロマックイーンのことを何度となく書いてきたが、今回はこの名馬に携わった人間に関しても、少し触れてみたいと思う。

メジロマックイーンは父・メジロティターン、母・メジロオーロラ、その父・リマンドという、こう言ってはナニだが、その血統背景のドラマツルギーを度外視すれば、二流以下の血統と言われても仕方がないような地味な血統の馬であった。
オルフェーヴルを管理する池江泰寿調教師の父で、昨年勇退された池江泰郎元調教師の管理馬であった。
そして、主戦は内田浩一元騎手。

メジロマックイーンは先にも触れたように、当時の最強世代とされた4歳(旧年齢)の中にあっては非常に地味な存在であり、春のクラシックにはまったく縁がなかった。
ライバルは、後に宝塚記念を勝ち、メジロドーベルやメジロブライトの父となったメジロライアン、そして同じ芦毛のホワイトストーンといった個性派ぞろいの世代であったが、しかし彼らもまた春のクラシックでは脇役に徹さざるを得ないほどレベルの高い世代であった。

皐月賞は同じ芦毛のハクタイセイと武豊、そしてダービーはアイネスフウジンのレコードという華々しい年であったから、これらに出走すらしていないメジロマックイーンがまったく目立たない存在であったのも納得である。
そういう世代であったから、メジロマックイーンが菊花賞に出走することさえ危ぶまれていたということも、未だ冷や汗をかくほどレベルが高かったのだなと再認識させられる思いである。

ここを勝って菊花賞に臨むという青写真を描いてマックイーンが臨んだのは、兄のメジロデュレンも勝っていた嵐山ステークスという、京都の芝外回り3000m、すなわち菊花賞とまったく同じ舞台であった。
ここを勝たなければ賞金的に出走は難しいと言われての出走であった。
鞍上はもちろん内田浩一騎手であった。

しかし、メジロマックイーンは何とこのレースを2着に敗れてしまうのである。
レース中大きな不利を受けての惜敗であったが、内田騎手の責任論にまで発展するほど、ここでの負けは大きな誤算となって陣営を襲ったのである。

しかし――

まずい、書ききれなくなってしまった。
こんなはずではなかったのだが、続きはまた次回にということで、ウンザリしている読者のみなさん、どうもすみません・・・

(つづく)

秋華賞についての考察

今週は秋華賞、牝馬三冠の最終戦ということで、春のクラシックホースも、春は涙をのんだ組も、そしてまた夏を越えて新たに頂点を目指す組も、どうしてもここは勝っておきたいという非常に力の入る一戦である。
もちろん馬券を買うファンとしても、ビッグレースである以上、どうしたって馬券的中を目指したい心境であることは変わりない。

しかしこの秋華賞、振り返れば第1回から波乱の歴史であった。
馬連配当は、万馬券でこそあったがそれほどというほどでもなかった。
しかし大本命と目されたエアグルーヴがレース中に骨折を発症したとされ、NHKマイルカップ以来長期休養明けのファビラスラフインが、初距離でレコード勝ちという、かなり波乱に満ちたスタートであった。

そして、その3年後に12番人気のブゼンキャンドルが優勝し、秋華賞はいよいよ「大波乱」の歴史を歩み始める。
ちなみにこの年、私はこのブゼンキャンドルを「ビゼン」キャンドルだと思っており、私の友人のひとりは彼女を「フセン」キャンドル、さらにもうひとりは「フーセン」キャンドルと、とんでもないバカげた上に失礼きわまりない間違いをし、3人とも未だに偉大な秋華賞馬・ブゼンキャンドルに対する懺悔を忘れたことは一度もない。
いずれにしても、そのくらい注目されていない大穴馬であったのだ。

余談はさておき、その翌年も10番人気のティコティコタックが優勝し、記憶に新しい3年前は、ついに3連単で1000万馬券が飛び出した。
そして一昨年、3強対決に注目が集まったが、ブエナビスタの降着という大波乱は、その歴史が踏襲されていることを証明していた。

と、とにかくまともに馬券検討しても、絶対に想像もつかないことが起こるのがこの秋華賞の歴史である。
ということで、肝心な予想は明日のコラムにまわすとして、今日は、「押してダメなら引いてみな」的な発想で、この秋華賞を敢えて穿った見方で予想してみようと思う。
まあいうなれば、あの井崎脩五郎大先生が昔よくやっていた「法則」をマネてみました、という感じである。
もちろんこれは本気の予想ではないので、まあ肩の力を抜いて楽しんでいただきたいと思う。

私は普段、ゴロ合わせだとか「サイン馬券」だとか、そういうことはほとんど触れずに予想しているが、唯一その助けも借りたのが、この秋華賞である。
というのも、そのブゼンキャンドルが勝った年の2着馬は、一瞬鋭く伸びたクロックワークという馬であり、その翌年の勝ち馬は、先にも述べた通り、ティコティコタックであったからだ。
そう、すなわち秋華賞は「時計関連の馬が連帯する!」という妙な法則を導いてしまったのだ。
そして、その翌年に出走したのが、メジロマックイーン産駒の「タイム」フェアレディという馬であった・・・

応援馬であるメジロマックイーン産駒で、しかもフラワーカップを勝っていたから、13番人気は完全に人気の盲点になっていると喜び勇んでタイムフェアレディから流し買いした記憶があるが、しかしご存知の通り、この年は先に行ったテイエムオーシャンと追い込んだローズバドという結果に終わり、私の「秋華賞・時計の法則」もあっという間に消えてなくなった。

しかし、その後もこの秋華賞だけは何らかの法則があるのではないかと思い、毎年気にしているのだが、テイエムオーシャンの翌年の勝ち馬はファインモーションであり、おや、もしや・・・と実はこのときも考えたものだ。
「オーシャン」と「モーション」が非常に似ているではないか、と。
ところが翌年は、スティルインラブの三冠誕生に、それどころではない熱狂の秋華賞であったため、残念ながら「〇ーシ○ン」の法則もまったく成り立たなくなってしまった。

しかし、である。
やはり秋華賞の法則は生きていたのである。
秋華賞は「2年連続して名前に共通点がある馬が連帯する」という、数学者・フェルマーも顔負け(!)の大法則である。
クロックワーク→ティコティコタックは2年連続して「時計」だし、テイエムオーシャン→ファインモーションは2年連続して「〇ーシ○ン」だから、すでに「2年連続の法則」はできあがっていたのである。

そう注目してみると、2008年、2009年は「ブラック」エンブレム→「レッド」ディザイアと、やはり「色つながり」で連続しているではないか!
ということで、私は友人に早速このことを「ここだけの話!」と強く言い聞かせて話してみると、友人は言った。
――あれ、その前はダイワスカーレットだろ?スカーレットって、あれは色だぜ。
と・・・

私はひどく驚き、そして凄く失望したのを思い出す。
そして、自分の無知を激しく恥じた。
しかしいずれにせよ、3年も「色シリーズ」が続いているわけだから、「連続の法則」は決して死んだわけではない。
ということで、昨年の勝ち馬はアパパネ・・・半濁音が2文字か、それとも同じ文字が続く法則か?

ところが今年、そんな馬は1頭も出走しないのである。
半濁音2文字も同じ文字が続く馬も、ついでに4文字馬名の馬もゼロ・・・
ということで、このままでは秋華賞・連続の法則が霧消してしまことになる。
読者のみなさん、去年のアパパネと名前の共通点がある馬はいませんか?

残念なニュース

競馬の世界もクラシックのトライアルや古馬頂上決戦へのステップレースなどで非常に忙しいところであるが、個人的にも今年、特に夏以降は天地がひっくりかえるほどの忙しさで、なかなか競馬に集中できないでいるのだが、この間にも競馬に関する少し残念なニュースが耳に入ってきている。

先日、皇帝・シンボリルドルフの死についてコメントしたばかりであったが、今度はルドルフよりも若い名馬がまた1頭この世を去った。
すでにご存知の通り、サッカーボーイである。
26歳であった。
ご覧頂いている当ブログでも、夏の函館記念の思い出としてサッカーボーイについていろいろと語ったばかりであったから、ちょっと驚きであった。
しかもルドルフの大往生の死とは違い、最後は蹄葉炎を発症していたというから、かなり苦しんだのではないかと察する。

サッカーボーイが現役時代のことは、話に聞く程度でそれほど多くを知っているわけではないが、しかし種牡馬としての活躍に関しては、非常に身近に感じるのである。
というのも、個人的にステイヤーが好きな私にとって、サッカーボーイの産駒というのは非常に魅力にあふれる馬が多かったと思うからだ。

もちろん代表的なステイヤーであったヒシミラクルはその筆頭に挙げられるだろうが、これはサッカーボーイのイメージからは程遠い芦毛であり、しかもサッカーボーイ譲りの俊敏なスピードは持ち備えていなかった。
反面、菊花賞馬のナリタトップロードは、現役時代を知らない父をイメージさせるに十分な走りであったという気がする。
特に、あの大レコードを叩きだした阪神大賞典は、距離こそまったく違ってはいたが、やはりあのスピードは父から受け継いだスピードであったのだとしか思えないものがあった。

ただ、サッカーボーイ産駒で非常に思い出に残っているのが、アルゼンチン共和国杯勝ちなど、中長距離路線でシブい活躍を見せていた、ゴーゴーゼットである。
切れるというタイプではなかったが、いかにもステイヤーらしい競馬が、個人的にはたいへんお気に入りの1頭であった。
今では「知る人ぞ知る」という感じの思い出のB級名馬である。

上記の3頭に代表されるように、サッカーボーイの産駒というのは、「歴代屈指の名馬」というタイプではなかったが、とにかく個性派ぞろいであり、競馬ファンにはなくてはならない存在であった。
そんな個性派産駒たちの偉大な父も、いよいよ別れの時が来てしまった。
競走馬としても、繁殖馬としても、とにかく日本の競馬に貢献した名馬サッカーボーイ、安らかに眠ってもらいたい。


そして、今度は現役馬たちの残念なニュース。
もちろん凱旋門賞の話題である。
結果から言えば、まったく相手にしてもらえなかったという内容であった。
レコードがマークされた今年の凱旋門賞であったが、やはりロンシャンのタフな馬場でレコードになるくらいだから、相当ハイレベルなレースであったのだろう。
やはりヒルノダムールには少し荷が重かったろうし、ナカヤマフェスタに関しては、明らかに昨年のデキにはなかったのが残念でならない。

勝ったのは3歳牝馬のデインドリームというドイツの馬だが、これはジャパンカップに出走する可能性もあるということで、こちらはうれしいニュースではあるが、期待された日本馬が惨敗を喫したということで、正直まだあまり気持ちが盛り上がってこない。
ドイツといえば、マイケル=ロバーツが乗ったランドという人気薄の馬がJCを優勝したことがあったが、凱旋門賞馬だけに、これが来たらかなりの人気になることは間違いないだろう。

ちなみに今年の凱旋門賞は、またもや3歳馬が大活躍であり、2着馬も同じく3歳牝馬であった。
日本ではもうすっかりおなじみの4歳スノーフェアリーが出走していたというのは凱旋門賞が終わってから知ったのだが、これが勝ち馬から5馬身差の3着ということで、実に牝馬3頭が上位を独占した今年の凱旋門賞ということになった。
調べていないし、とにかく歴史の古いレースだから何が起こってきたかわからないが、上位3頭が牝馬で決着した凱旋門賞というのは今までにはなかったのではないかという気がする。

「女性上位」はどうやら日本だけではないようだ。
凱旋門賞という究極のレースで、レコード決着という究極のスピード競馬・・・牝馬台頭の理由もなんとなくわかるというものだ。
スノーフェアリーもJCかエリザベス女王杯にやってくるという話であるが、レーヴディソールが復帰してエリザベス女王杯に出走するという話も出ているから、そう考えると、今年は昨年以上に秋競馬は盛り上がりそうである。

レーヴディソール、スノーフェアリー、デインドリームに加えて、オルフェーヴルが三冠馬となってJC参戦なんていうことがあったら、これはどれだけ楽しいことか・・・

あながち夢でもなさそうなので、凱旋門賞自体は残念であったが、しかし、競馬ファンには楽しい秋競馬が用意されていそうであるのが何よりも救いである。

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