怒れ!池添!
ゴールデンウィークということで、何とか仕事もひと段落つけ、昨日久々に競馬仲間と飲みに行った。
そこで友人からある話を聞いた。
個人的にももう忘れてしまいたい、できることなら触れたくはない天皇賞であったが、その話を聞いて、そして自分なりにちょっと調べてみて少し思うところがあり、今日はその話題に触れる。
友人は、「池添、やっちまったな」と言った。
まあ確かにほめられた騎乗とは言えないまでも、好意的に見れば、オルフェーヴルの惨敗は騎乗とはあまり関係がなかったかな、という風に私の目には映っている。
もちろん見る人によってそのとらえ方は違ってくるはずだし、そもそも私の節穴以下の「目」である。
こんなにアテにならないものはないことは誰よりも私自身が理解している。
だから私は訊いた。
あれはそんなにひどい騎乗だったか? と。
すると友人は、「いや、そんなことじゃない。池添は客に向かって暴言を吐いたらいしんだ」と言った。
客に暴言か――池添、なかなかやるじゃないかと私が言うと、そうじゃないんだと言いながら、友人は詳しく私に話してくれた。
事実かどうかわからないから、本来こんなところで書くべきではないと思うのだが、とても不思議な人間の心理を知ることができたので、まあひとつも馬券の助けにはならないとは思うが、この話が事実であることを前提としてちょっと触れてみたいと思う。
なんでも、まずは客が池添騎手に対して暴言を吐いたそうだ。
その内容はすでにご存知のファンが多いと思うのでアレなのだが、それを池添騎手が同じ言葉を使って客に投げつけた――これがどうやら今回のできごとらしい。
そして、まあこれは私もちょっと調べてみたのだが、あらゆる角度から「池添叩き」が行われているというのがわかった。
私の知る限りでは、幸い今回に関してマスコミはノータッチを決め込んでいるようだが、ファンのこの件への関心は高いようである。
確かに、ファンの罵声に応戦する以上、それは「買ったケンカ」であり、ケンカである以上は覚悟を決めなければならないから、それに対して同じ言葉を使って応戦するのははっきり言って「作戦ミス」である。
それではケンカが平行線をたどってしまう。
それは鏡の中の自分に向かって殴りかかるようなものである。
ただ、このケンカ自体起こってしまった原因はファンの罵声にあり、そしてそれに応戦したジョッキーにある。
ケンカ両成敗――そんなことは小さい子供でもわかる。
それに、騎手という職業はおそらく我々ファン以上に「命の重さ」を知っているはずだから、いくらファンの言葉とは言え、それをそのまま返すのは確かにマズかったとは思う。
しかし、そんなことを言いたいわけではない。
問題は、ネット上にあまた書かれているファンの意見に対して、である。
これはレース終了後、つまり天皇賞直後のイベントか何かのできごとだそうだ。
もちろん、競馬では客が騎手に罵声を浴びせるなんてしょっちゅうある。
だから、ファンが罵声を浴びせたから悪いとか応戦するジョッキーが悪いとか、そんなことを言いだしたらキリがない。
だから、このできごとが起こったこと自体、それほど重要ではないと思う。
それよりも、どうしてみな判で押したように、「池添が悪い」という意見にまとまってしまったのかが問題だと私は思う。
いや、別に私は池添騎手の肩を持つつもりはない。
馬券だって見事に大ハズレだったし、オルフェーヴルのあの走りを見て(池添騎手を含め)いろいろな方面に対して怒りは最高潮であった。
ただ、その場に居合わせたファンではなく、ウワサを聞きつけて後になってそれに対して意見を述べるファンの声があまりにも一方的すぎる、と思ったのである。
池添騎手が吐いたとされる暴言を正当化しようというつもりはまったくない。
ただ、いろいろ考える時間があって、そして意見するにしては、どうしてみな同じ意見になってしまったのかが不思議でならないのである。
天皇賞直後であったということは、立場として池添騎手は「傷だらけの敗者」であったはずである。
私も悔しかったが、池添騎手の締め付けられるような苦しみはその比ではなかったはずだ。
その場に居合わせれば怒り心頭でそんなことは構っていられないかもしれないが、時間が経てば、少しは池添騎手の気持ちを察する意見があっても驚けない。
いや、そういう意見があるのが自然だと私は思う。
もちろん、乗り方をはじめとする技量に対する批判は別である。
ただ、起こったのがレース終了後であったことを考えると、おそらく立っているのもつらい池添騎手の状況でいきなり罵声が飛んでくるのだから、これは怒って当然だと私は思う。
怒るのは人の権利だ。
池添騎手は、騎手である以前に人間である。
怒ることをはじめから否定しようとする、あるいは何度も繰り返される意見に同調するファンの心理はまったく不可解である。
だいたい競馬ファンは横暴である。
岡部幸雄元騎手は、「レース前の馬鹿騒ぎ」とファンの興奮を揶揄したし、武豊騎手は、ゴール板前で紙吹雪を投げ上げるファンに対し、「そんなのはファンではない。競馬場からつまみだせばよい」と発言したことがあった。
私もまったく同感である。
そして、それを見て見ぬふりで放置するJRAは論外、最低最悪である。
みなが同じことをするから自分も同じ言動をと思うのは別にかまわないが、その結果、命がけの馬や人の危険を誘発したり、傷ついたジョッキーを袋叩きにしたりするというのは、はっきり言って、それは少し足りない人間たちである。
だから、発言の内容を除けば、私は池添騎手が怒ったことにはまったく問題がないと思う。
だいたい、言ってもわらないバカ(私ももちろん含んでいる)が多すぎる競馬ファンが相手だ、もっと怒ってもいいと思う。
人間なんだから、怒りたいときには怒れ。
思う存分怒っていい、思い切り、気がすむまで怒れ。
これが私の言いたいことである。
故障馬続出~馬場「批判」
天皇賞が行われた京都競馬場は、猛烈な高速馬場で行われた。
レースが終わり、四冠馬のオルフェーヴルは特有のオーラをまったく発散させずに不可解な走りで結果は惨敗。
一昨年の勝ち馬・ジャガーメイルは、結果は4着と頑張ったが、しかしレース後に骨折が判明、幸いそれほど重度の骨折ではなかったのがまだ救いである。
ナムラクレセントは球節を痛めてしまった。
ビートブラックと同じような位置からの競馬だったから、無事であればこちらのほうが勝っていた可能性だって否定はできないだけに、本当に不運であった。
陣営は引退も視野に入れているというから、ナムラクレセントはあまりに気の毒すぎる。
本当に悲しい。
そして、天皇賞だけでなく、個人的には将来も大きく展望していたフェイトフルウォーもまた、残念ながら脚部不安を発症してしまった。
両前脚の屈腱炎の疑いが強く現役続行はほぼ不可能と報道されたときには本当にガックリきたが、精密検査の結果、フェイトフルウォーは両前腱鞘炎ということで、これも不幸中の幸いであった。
そしてさらに、本命にしていたギュスターヴクライも軽度の脚部不安を発症したというから、これはちょっと異常事態である。
京都は明らかに異常な高速馬場で行われたが、府中でも傷ましい事故が起こってしまった。
ゴール前、突き抜ける勢いだったシャイニーアーサーが壊されてしまった。
そして、青葉賞で期待したタムロトップステイも骨折が判明した。
タムロトップステイは大きな手術を要するほどの重傷である。
府中はそれほど高速馬場ではなかったが、結果的に「馬場の固さ」が致命的であった可能性は否定できない。
ナムラクレセントにしてもジャガーメイルにしても、それは大事に大事に使われ、そしてここまでファンや陣営の期待に応えて続け、頑張り続けてきた。
シャイニーアーサーは、無理使いなど基本的にあり得ない藤沢厩舎の馬である。
そして、ここまでは私の感想や意見ではなく、すべてつい数日前に起こってしまった「事実」と、そこから導き出される「可能性」だけである。
私が競馬を始めた当時から、「日本の馬場は固すぎる」という声は圧倒的に大きかった。
しかもそれが当時の現役ジョッキーの口から発せられるほどの声であった。
その後確かに馬場造園技術は格段に進歩し、故障する馬も以前に比べればだいぶ減ってきたという印象もあった。
それなのに、先週の故障馬が続出する馬場はどうか――あまりにもひどい馬場であったと言わざるを得ない。
そもそも、「3200mのスピードレース」なんていう馬鹿げた競馬がいったいどこの国にある?
競走馬の故障に関して昔から言われてきたことは、私の聞く限りにおいては概ね次の通りである。
1. 競馬に故障は付きものだ。故障するのを見たくなければ、競馬をやめればよい。
2. 故障と馬場の因果関係を証明できない以上、関連づけるべきではない。
3. 造園技術の上昇が目覚ましい。これ以上故障を馬場のせいにするのは、これまで馬場改良に尽力してきた人々の努力に対する批難である。
でも、それは違う。
1について
故障をしないこと、故障をすること、どちらが望まれる競馬であるかを考えれば明らかである。
故障をしないような馬場を求めることは間違ってはいないし、故障が「付きもの」であるのは、競馬の進化の過程におけるたかだか経験則にしか過ぎない。
まったく論じるに値しない意見である。
2について
故障は、馬の命はもちろん、人命にもかかわる。
実際これまでそういう傷ましい事故を何度となく目にしてきた。
それならば、「関連付けられない」のではなく、仮説を立てて「関連付ける努力」をすべきである。
JRAには研究所などの施設もあるようだが、それが本当に機能しているのかと問いたい。
3について
たとえば、あなたの子供が何かの器械の故障で命にかかわるような事故被害に遭ったとき、技術者側から、「器械をつくる人はみな努力をしているのだから、今回の事故と故障について言及するのは、我々の努力に対する批判ですよ」と言われたとき、ああそうだ、なるほど、確かにこちらが間違っていた、などと納得できるのか。
そもそも職業である以上、ユーザーのニーズに応えるための努力は普遍的なはずである。
現在の馬場で競馬を実施するような主催者に対して、はっきりと「批判」する。
なんならケンカを売りたいくらいの気持ちである――
と、いつものようにここで感じるのは私の声の無力感である。
こんなところで私がいくら声を張り上げたところで、実際誰も聞く耳を持たないだろうし、聞く耳を持った人でもきっと否定的な意見のほうが多いのだろう。
だから、こんなときはオーナーも厩舎も、そして競馬評論家諸氏も、思ったことを声に出して発言してもらいたいのだ。
今回の故障馬多発あまりにひどい。
オーナーだって陣営だって被害者である。
馬券を買っていたファンだってそうだ。
これを偶然で片付けるには、あまりに不自然すぎる。
今発言しなかったら、いつ発言するというのだ・・・
JRAには、もっとファンの声を聞き入れてもらいたい。
いや、聞き入れる態勢づくりをすぐにでも実行してもらいた。
馬場はファンとは関係がないと考えるかもしれないが、私は競馬を始めてすぐに馬場と故障の関連性が高いことを同じ「競馬ファン」から教えられた。
考えている以上に、関心が高いファンは多い。
役人は役人でかまわない。
役人はみな腐っているとも思っていない。
でも、ファンが大好きな競馬の主催者である以上、「腐った役人」にだけはなってもらいたくない。
ファンの声をどうか聞き入れてほしい。
大好きな「馬」たちが壊されてゆくのを、もうこれ以上見たくはない。
ルーラーシップ国際GI制覇!
昨日のレースポイントのところでも思わず触れてしまったが、あれはちょっと腹立ち紛れについ勢いで書いてしまったことであり、「祝辞」は今日のこのコラムである。
国内では「GⅡ大将」などと揶揄されていながら、前走は「確勝」のはずだった日経賞でまさかの3着という敗戦があり、さあルーラーシップはどうなるかと思っていが、さすがは角居厩舎、先日香港・シャティン競馬場で行われたクイーンエリザベスⅡカップで見事に優勝、これで晴れて「GI馬」の仲間入りを果たすことになった。
最強世代とされる世代の中では、その馬体やキャラクターは別として、成績的にはちょっと地味なタイプながら血統的にどうしても注目されてしまい、その重圧に負けてしまったような印象も正直あった3歳時のルーラーシップからは、脚質から馬体から何から何まで本当に大きく成長した。
そして5歳、決して早いとは言えないが、ようやく花開いた形になった。
しかも、その舞台が国際GIの、それも海外GIだったから、このあたりはさすがに良血馬らしい、ド派手なアピールであった。
日経賞の敗戦を経て、それまで天皇賞・春を視野に入れていたルーラーシップが、形としては急遽のGEⅡC参戦で、しかもその采配がズバリ決まったのだから、これは陣営の超ファンプレーと言っていいだろう。
天皇賞があんな馬場で行われたレースだったから、そういう部分も含め、これは賞賛に値すると思う。
繰り返すようだが角居調教師、「さすが」である。
そしてこれもまた繰り返しになるが、ルーラーシップをはじめ、ファンや関係者のみなさん、本当におめでとうございます。
国内での競馬ではこのところ後方からのレースが続いていたが、リスポリ騎手が早目の競馬でルーラーシップの新味を引き出した。
いやぁ・・・これは強い。
スタート直後は「行くか?」と思われるシーンもあるくらいの強気の姿勢を見せたリスポリ騎手であったが、しかしルーラーシップはそれでも折り合いピタリ。
インコースの絶好位からレースを進めることに成功した。
おそらくペースは平均ペースだったのではないかと思う。
多少雨の影響があったことも考えられたシャティン競馬場の芝コースであったが、勝ち時計も例年と同レベルの2分2秒台ということで、まあビッグネームがなかったとは言え、この勝利はおそらくルーラーシップの評価が世界的に高まるに十分なものであった気がする。
これでこのレース、日本馬は3勝目(うち、エイシンプレストンが2勝)となった。
陣営はすぐに宝塚記念を目標に掲げたが、うーん・・・本当はもっと違う海外のレースに目標がある気がしてならないが、それをコメントしないのは、おそらくオルフェーヴルと同じオーナーに対して気を遣ったのではないかと思われるし、ここでそのコメントを出したら日本のチャンピオンに失礼だという思いもあったのではないか。
ビートブラックはもちろんだが、ルーラーシップにもぜひもっと大きいところを狙ってもらいたい気がする。
そして「日本のチャンピオン」のその後であるが、どうやら足元は今のところ大丈夫そうということで、こちらも宝塚記念を目指すのかな、という含みを持たせるコメントが池江調教師から発表された。
とすると、ルーラーシップとオルフェーヴルの有馬記念以来の対決が、早ければ6月中にも実現するかもしれないということになる。
幸いなことに、池江先生はまだ慎重にオルフェーヴルの足元をケアしてくださっているようで、それは調教師としては当たり前なことであるかもしれないが、ファンとしては非常にありがたいことである。
ただ、凱旋門賞を目指すのであれば、宝塚記念は使ってもらいたくないなぁ・・・
これまでせっかくスローの競馬を覚えさせてきたのに、比較的流れが速くなりやすい宝塚記念を使うとすると、結局今までの競馬(というか、阪神大賞典と天皇賞)は何だったんだ?ということになってしまう気がしてならない。
確かにルーラーシップとの戦いが実現するのであればそれも楽しみだし、あの天皇賞を受けていきなり凱旋門賞というのも勇気が必要ではあるが、宝塚記念と凱旋門賞の両にらみをしたところで、あまり得るものがないような気がしてならないのだが、はたしてそこらへんのところはどうなのだろう。
それに、使うレースもそうだけれど、もっと腹をくくってオルフェーヴルのメンタルな面までしっかりとケアしていただきたいとも思うのだ。
天皇賞の内容を見る限る、(あまりにひどい馬場だったために)オルフェーヴルは走ることに恐怖を覚えているのではないかという気がしてならないのだが、そのへんはいかがなものなんだろうか・・・
まあいずれにしても、ルーラーシップとオルフェーヴルが中心となって、これから古馬の競馬を盛り上げていくことにはなりそうである。
そして、「最強世代」からようやく「大きな1勝」を挙げる馬が現れたことも本当にうれしい。
しかもそれがサンデーサイレンス系ではないということがまたほとんど奇跡のようなできごとであり、このことも実は日本競馬にとって大きな意味をこれから持ってくるのかな、という思いである。
