ローズS ファインモーション

ハッピーガール~ファインモーション(1)(第20回ローズS)

今週は、東西で2重賞が行われるが、この時期特有のワクワク感を感じない競馬ファンはいないという、非常に楽しみな2レースである。
東では菊花賞トライアルのセントライト記念が中山で、そして西では、秋華賞トライアルのローズステークスが阪神でそれぞれ行われるのだから、これが楽しみでない競馬ファンはいないだろう。

ということで、今回名馬列伝のコラムの中でご紹介したいと考えているのが、ローズSの勝ち馬の中である牝馬。
ローズSの勝ち馬というと、古くはメジロラモーヌやマックスビューティなどから始まって、近年でもアドマイヤグルーヴにダイワスカーレットと、とにかくものすごい牝馬の名前が連なっているわけだが、その中に入っても決してヒケをとらない名牝である。

猛烈なパワーが自慢であったデインヒル産駒のスーパーガール・ファインモーションである。
デビューから連戦連勝で驀進したこの牝馬の記憶は、おそらく多くの競馬ファンにとって非常に強いインパクトとなって脳裏に刻まれていることだろう。
今回は、その鮮烈な走り故にまだ記憶に新しいものの、時間的には少し懐かしくなったファインモーションの思い出を振り返ろうと思う。

ファインモーションはアイルランドの生まれ、父・デインヒル、母の父・トロイ(英愛ダービー2冠馬)という血統の超良血馬で、半兄にはジャパンカップを優勝したあのピルサドスキーがいるという、まあ日本の競馬ファンにとってみれば、生まれおちたその瞬間から、最も注目すべき牝馬であったということになる。

もともとは競走馬としてではなく、繁殖牝馬としていい牝馬を・・・という生産者サイドの強い想いからこのファインモーションは日本にやってくることになったのだという。
競走馬としてではなく、繁殖牝馬として期待され、ファインモーションは日本の土を踏むことになったのである。

あらゆる意味で未来を担っていたアイルランド産のこの牝馬は、現役時代から牝馬を手掛けるその手腕には一目も二目も置かれていた、伊藤雄二元調教師のもとで調教がほどこされる。
そして、ファインモーションと言えば背中はこの人、武豊騎手で無事デビューを迎えることになった。

好スタートを切ったファインモーションは、武豊騎手特有の「競馬を教える」というスタンスをまるで無視するかのように、自分の走りたいように、とても楽しそうに走っていたという印象が残るデビュー戦であった。
12月の阪神芝2000m戦の牡牝混合戦を、ファインモーションは楽々の逃げ切りを決め、後続には実に4馬身もの差をつけての圧勝を飾るのであった。

伊藤雄二厩舎の牝馬が、武豊を背にして、およそ「競馬」という走りからは程遠い内容で持ったまま4馬身もぶっちぎってのデビューに、関西のみならず、日本全国の競馬ファンがこのファインモーションの登場に色めきたったことは言うまでもない。
このときの単勝オッズは、実に1.1倍。
この時点で、筆者を含んで「歴史的名牝誕生」の予感をした競馬ファンは間違いなく多かったと私は思う。

ところが、早くもファインモーションの前に立ちはだかる試練が彼女を襲った。
それは、音もなく彼女のもとを訪れた――骨折である。
幸い大事には至らなかったものの、フランスオークス挑戦をはじめとしたファインモーションのシンデレラストーリーは、デビューから2戦目を待たずして、早くも音を立てて崩れ落ちるかに見えた。
しかし、これはまったくの見当違いであった。

およそ8カ月の長期休養をはさんで、ファインモーションは復活する。
骨折による長期離脱の復帰戦ということで、夏の函館開催で復活したデビュー2戦目のファインモーションの単勝オッズは、2.1倍という、競走馬として黎明期にあたる時期の彼女にとっては、「最も売れなかったレース」であった。
それでいて2.1倍というオッズなのだから、これはもうあきれるしかない。

もちろんこれも圧勝。
デビュー戦よりも成長したファインモーションは、古馬を相手にして5馬身差の圧勝でファンに完全復活を強烈にアピールするのであった。
続く3戦目は、ステイゴールドやホクトスルタンなどが勝ちあがってきた出世レース、札幌の阿寒湖特別であった。

デインヒル産駒の牝馬が、札幌洋芝の2600m戦というのはあまりにもイメージから遠い気もしたが、走ることが楽しくて仕方ないといった様子であったファインモーションは、私の不安などまったく意に介さずといったレースぶりで、ここもまた5馬身差の圧勝を飾るのである。
私はこのとき初めて、これはとてつもない牝馬が現れたぞと、久しぶりに背筋に冷や汗、そして全身に鳥肌が立つのを覚えた。

血統も関係なければ、騎手も、ファンの気持ちもまったくお構いなしのファインモーション、とにかくいつも走ることが楽しくて、いつもいつも幸せいっぱいというファインモーションの走りは、見る者誰をも魅了していた。

しかし、ファインモーションにとって、これから先が本当の「競馬の厳しさ」を知る舞台であることを考えると、私はなんだか少し悲しい気持ちになったし、それに、その「厳しさ」が秋競馬のスタート早々訪れる、「本気の馬たち」によって見せつけられてしまうのではないかと、かなり不安になったことも思い出すのだ。

そしてファインモーションは、秋華賞のトライアル・ローズSに向かうのであった。

(つづく)