マーメイドS トーホウシャイン

B級名馬列伝#47~トーホウシャイン(第13回マーメイドS)

どんな競走馬にも、いや、競走馬だけでなく、どんな人間にも、「絶対にチャンスはある」ということを教えてくれた、ある人馬がいた。

私は今、ジョン・レノンの"Instant Karma"を聴きながらこれを書いている。
ポップでホットでハッピーなこの曲が、あのときのうれしいうれしい「1勝」には何ともお似合いなのだ。
あの「1勝」は、我々にとびっきりの驚きを与え、そして、それまで苦しんで、苦しんで、本当に苦しんできた人馬が見せた精いっぱいの、ありったけの輝きに満ちていた。

今週は1つしか重賞が行われず、しかもGIII戦と言うことで、やや静かな1週間であるが、いやいや、穴党のファンにとっては欠かすことのできないハンデ戦のマーメイドステークスが行われるのだ。
2008年にそのマーメイドSを優勝したのが、何と12頭立てで断トツのシンガリ人気、単勝116.3倍のトーホウシャインと高野(こうの)容輔元騎手とのコンビであった。

ちなみに、このレースで人気になっていたのは、ナリタトップロード産駒のベッラレイアであり、これが前年のオークス2着馬である。
トーホウシャインはスペシャルウィーク産駒の牝馬であったものの、先輩シーザリオ、後輩ブエナビスタというそのイメージには程遠い牝馬であった。
このレースに出走したのはトーホウシャインが5歳のとき。
そろそろベテランの域に入ろうかというときであった。

マーメイドSは、翌週に宝塚記念を控え、宝塚記念に向かわない組は夏休みに入る関係で、有力馬が出走するようなレースではなく、3歳馬もなかなか出走してこないために、少頭数になることも少なくないわけだが、それにしても、この5歳牝馬のトーホウシャインは、当時1000万条件に身を置くまったく無名の存在であった。
しかも、初勝利にも8戦を要し、500万条件を勝ちあがるのも7戦を要したという、非常に「苦労人」ならぬ「苦労馬」というタイプであった。
しかも、1000万条件に上がってからの7戦も、掲示板が2回あるだけ、馬券圏内は一度もないというのが、このマーメイドS出走時のトーホウシャインのプロフィールであった。
その前走も1000万の平場レースを9着と大敗していた。

どうしてこの馬がマーメイドSに出走することになったのか――その経緯はよくわからないが、レースがハンデ戦である以上、トーホウシャインが相当軽い斤量で出走できることだけは確かであった。
そして発表されたトーホウシャインのハンデは実に48kg――裸同然である。
これを受けて、騎乗予定であった川島騎手は減量を断念、その会話に聴き耳を立てていた高野騎手が苦しい減量と引き換えに、トーホウシャインの騎乗を自ら申し出たのだと言う。

高野騎手というと、当時は障害と平地のどちらも器用にこなすバイプレイヤーであったが、肝心のトーホウシャインのほうも、たいへんなバイプレイヤーであった・・・すなわち、道悪競馬が半端ではないくらい得意であったのだ。
そして、この年のマーメイドSは、トーホウシャインにとってこれ以上ない舞台の「降りしきる雨の重馬場」であったのだ。

おそらく高野騎手は燃えただろう。
これ以上ない厳しい減量を短期間で成功させ、やっとたどり着いた重賞の舞台だ。
シンガリ人気だろうと、オークス2着馬がいようとそんなことは一切関係なかったはずである。
もちろんトーホウシャインだってそうだ。
神が私に味方したのだと、このとき思っていたに違いない。

レースは、私が本命にしていたこちらも人気薄のピースオブラヴ、伏兵のブローオブサンダーが引っ張り、これを直後で見る形のベッラレイアが馬場と人気で「負けられないポジション」に位置取り、こちらも人気のザレマがこれをマークするといった展開となった。
他馬は一切関係ないと腹をくくった人馬は、不良に近いような重馬場でも後方待機、インコースを狙っていた。
そして直線、このレースはピースオブラヴから買っていたため、かなり力を入れていたが、内からさすがにまったくのノーマークであったトーホウシャインと高野騎手が猛然と追い込んでくるのが目に入り、一気に脱力したのを覚えている。

しかし、なぜかその直後に、行け!行け!トーホウシャイン!差せ!高野!と、どういうわけか私はトーホウシャインと高野騎手に声援を送っていた。
ちなみに私はこのとき「こうの」ではなく「たかの」と声を出していた。
レースを見てもほとんど声を出さない私がどうしてこのとき自分が買っていないまったくの人気薄のトーホウシャインと高野騎手のコンビに声援を送ったのか、これは今となっても謎のままである。

その声援が聞こえたはずもないが、とにかくこのコンビが「圧勝」を収めて私はなんだか涙ぐむやら鳥肌が立つやらで、何とも不思議な気持ちに浸っていた。
"Well we're all shine on! Like a moon and the stars, and the sun!"
いや、違う、泥だらけになりながらも、やはりこのときの人馬のありったけの輝きがまぶしくて、思わず涙が出てきたのだろう。

「俺たちはみんな輝けるんだ!月や星、そして太陽のように・・・」
トーホウシャインと高野騎手には、やはりこの曲がピッタリである。

トーホウシャインは現在繁殖牝馬、高野容輔元騎手は現在調教助手としてそれぞれ活躍している。

トーホウシャイン(牝8歳)・・・父・スペシャルウィーク、母・ホークズフォーチュン、その父・シルヴァーホーク
主な勝ち鞍・成績・・・マーメイドS(GIII)